情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2022年2月13日 その2

ふと、「幸せ」について思いました。

私は昔、小説家および文章を書いて生計を立てることに強い執着があり、実現できないことに苦しさを感じて幸せでないと思っていました。今は文筆業への執着を止め、また無職で自由に過ごしていることもあって、全く生活に不満がありません。陳腐ですが、幸せです。大好きな街で大好きな彼とのんびり自分たちのペースで暮らしています。もっとお金があったら、もっと頭が良ければ、もっと多くの人に注目されて人気を得たら、と思う日もありますが、それで不幸せを感じるほどではないです。本当に仕事を始めてみないことにはどうなるか全然わからないけど、たぶん来月も幸せだと思います。

昔はなんらかの目標を立てて、それに向かって走っていくことそれ自体が幸せだと感じていて、「しあわせになるぞ!」とずっと思っていました。今の私は特に目標もなくのほほんと暮らしていて、「しあわせになるぞ!」なんてちょっとも思っていない、だから幸せな状態なんだろうと思います。

その、昔の自分とのギャップで、なんか、もしかしたら今の私って幸せじゃないのか?と一瞬思ったんですが、考え方が私の知らない間に変わっていたんですね、きっと。

 

周りの友人は多くの人と同じ人生のルートを探していて、交際して結婚して子供を産んで仕事で成功して、みたいな、それで上手くいかなくて苦しそう。私は女としての幸せみたいなルートからは彼との交際を選択した時点で完全に終止符を打ったので、肩の荷が下りているのかもしれない。多分、彼以外の人と交際していたらまだ苦しい状態が続いていたのかなと思う。子供を持つ幸せもすごく想像できる、たまに子供を見て「彼と子供を授かったらどんなだっただろう」と妄想することもあるけど、それで涙が出るほど悔しいとか、ネガティブな気持ちはなくて、どちらかと言えば沖縄でスキューバダイビングのインストラクターやりながらのんびり暮らせたら素敵だなって妄想するのと同レベルのものです。この例え、伝わるのかな笑。スキューバダイビングのインストラクターは全然楽な仕事じゃないです、あくまで都会人が妄想する南の島生活の例で出しました。

重要なのは、終止符を打ったということ。少しでも未練があったらきっと幸せにはなれない。諦めたとも違う、私はこの道を選びましたというだけのこと。そこに何か自分の大事なものを捨てたとかは一切ない。選択したことで捨てたものは確かにあるだろうけど、その捨てたことに対して後悔はない。こうやって言い切れるのが、すごく私の幸せなところで、強いところでもあるのかな。覚悟。

アラサーの女(だんごちゃんは26歳です)がこうやって言い切るのってすごく勇気がいることだと思うんですよ。いろんな差別から解放されて、理解が進んできた(だからと言って完璧とは思わないけど)令和になっても女が三十になるのを恐れるのは20代から30代にかけて、子供を産みたい人にとっては本当に重要な時期だからだと思う。

 

こんな記事、まさにくだらない記事でごめんなさい。今の状態を記録しておきたかったので更新しました。人は変わるから。