情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2018年2月12日

 花びらを一枚取って捨てる。また一枚取って捨てる。愛する彼が私のことを思っているのか占っている。取って捨てる。取って捨てる。いくら花びらを捨てても花びらは新たな花びらを生成するために、私の身体は花びらで覆われた。そして口内にまで花びらは押し寄せた。私は窒息死した。
 意識が暗闇の中へ落ちていく。ふいに元彼の顔が浮かんだ。彼は横になっているために顔の皮膚が重力で地面に引っ張られ、見られた表情とは異なった形をしていた。私は拳を握り締めてその顔を殴る。太鼓の皮を破るように力任せに殴る。はらはらと砂となって消えた。
 自分の体が表れた。私と同じスピードへ落ちている。花びらと自分の違いが分からなくなっていたため、私はそれの腕を取って捨てた。血はリボンのようにくるくると舞った。初めは赤色であったが、私の愉快な気持ちに呼応してピンクやイエローに色を変えた。リボンを握り締めて頬ずりしたり、私の髪の毛に結びつける。片方の腕をなくした自分の体は、私を見て幼い子のようだと笑った。なので私はそれの足を取って捨てた。自分の体は大きな声で「あんたなんか嫌いだよ」と叫び、上昇気流に乗って消えてしまった。
 どこまで落ちていくのか、私はいつになったら消えるのか。地獄や来世なんて信じていないが、私の意識が消滅するのではないのだろうか。背中から落ちていくので、いつ地面がやってきてその衝撃で死ぬのかもわからない。いな、私はすでに死んでいるはずなので二度死ぬということはありえない。では、私はなぜ落ち続けているのだろうか。まるで不思議の国のアリスのように悪夢を見ているのだろうか。どうせ見るなら幸せな夢がいい。私は目を閉じて眠ることにした。
 愛する彼が登場した。これは良い夢だ。私は欣喜雀躍として彼の元へ走って近付く。科をつくって挨拶するも、彼は瞬き一つせず遠くを見つめて停止している。これはおかしいと、でこピンをしてみるも反応が無い。メデューサに石に変えられたのかもしれない。私は彼の呪いを解くために、全国の薬草を探し歩いた。その間、ひとりまたひとりとパーティが増えていった。ホームレスのおじいさん、妻に先立たれたおじいさん、童貞のおじいさん、アル中のおじいさん。みんなちょっと優しくしたら私の代わりに危ない仕事をやってくれた。そのために犠牲になったおじいさんもたくさんいた。リストラされたおじいさん、借金まみれのおじいさん、DV被害のおじいさん。
 いつしか私の周りには多くのおじいさんがいた。私はすっかり石にされてしまった愛する彼のことを忘れてしまい、毎日おじいさんと乱痴気騒ぎ。私たち一行の噂はいろんなところで広がり、そのたびにおじいさんが増えた。女子どもはおじいさんを連れて行ってくれる私を有難がった。私としてもおじいさんは何でもやってくれる割にすぐ死ぬので、人が増えることは歓迎していた。
 目を覚ますと、神様の声が聞こえた。「花びらで死んだ者よ。お前の罪は償われた」私は答えた「いやよ!おじいさんたちの元へ返して!!」神は答えた。「よかろう」
 再び目を覚ました私は清潔なユニフォームを着て、老人ホームのスタッフとして生まれ変わっていた。私は長時間労働やご入居様の理不尽な暴力にも屈せずに定年まで働き続けました。おしまい。