情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2018年5月3日

こんばんは、だんごちゃんです。皆さまゴールデンウィークを楽しまれていますか?私はここ数年、いや人生で最高のゴールデンウィークになりつつあります。毎年最高を更新していけるといいね。

 

それはそうとタスクが溜まり続けています。気にしません、と言いたいところですがそんなわけに行きませんのでちょっとずつ消化していきます。応援よろ。

 

何をしていても意識が過去に戻ります。分かりやすいものは香りでしょうか。または、言葉や場所、気温。ちりちりと紙が燃えるように頭の中で小さな火が付いて、現在の意識を奪い去る。その下から現れるのは過去の私と「 」。それは感情を伴うことも多く、脈略を無視して私の語気が荒くなる。これは心的外傷と言われるモノほど深刻な状態ではないですが、私が何処にいるのか分からなくなる、罪悪感に見舞われるという点で困惑してしまいます。一連の私の揺らぎを事象として認識してもらえることは大変幸運なことであります。
眠りに就く一歩手前の人間と会話をするとよく理解できます。私の問いかけに対し、明後日の方向の返事をする。これは彼らが現実にいないためです。彼らは現実に存在する私と会話をしておらず、脳内に蓄積された過去の映像に返答をしています。
私は寝ても覚めても夢をよく見るのです。貴方にも心当たりがあるはずです。私は貴方の夢を何度も見ています。
手を繋いで目的地も定まらないままに山道を下る私は、何を考えていたのでしょうね。それでも出血しなくなったことは素晴らしいことです。風邪もひきません。低気圧による頭痛と同じです。しばらくの間、身体から浮遊して過去に飛びますが、その間も現実に生きることができます。私は賢いのです。
映画のように止まることのない風景は、何も面白くありませんでした。それでも私はよく見つめていました。贅沢なことを考えていたのです。戻りたい、と思ったのです。外の世界が恐ろしく深夜に布団の中で丸くなることでしか呼吸ができなかった頃の私に。「この感情は死にたいという言葉が相応しい」と語った私が見ていた世界はもう少し面白かった。何でもない一瞬に涙を落して感情は休むことを知らなかった。木々が太陽の光に照られされて、葉の一枚一枚が思い思いの緑を描いていた。それだけで私の生が脅かされるほど恐ろしかった。生きる価値など無いと思った。
図々しく生き続けている私は、なんとなく、誘拐されていると感じて頬を緩ませました。
いつか全てが薄くなる。日焼けしていくのだろう。もう過去に戻らないかもしれない。または、これ以上私の記憶は機能しないかもしれない。見た瞬間に消えていくから、写真を撮るのも人任せで自分から自分の責任を捨てているのです。本当にもうこれ以上、感情が動かないのかと思うと、全てが上手く行く気がします。一般的な基準で言えばね。

 

蚊に刺されて痒いです。