情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2019年5月12日

 カーテンを開けると見知らぬ男がこちらを見ていた。彼の目は一切の光を許さない深い黒色をしていた。彼は動かない。瞬きさえしない。私が息を飲み込む様子を見て、怯えているようにさえ思えた。彼の頬には涙が通った筋が残っていた。朝日がジリジリとふたりの鼻の頭を燃やす。まるで私と彼を引き裂くように。私は施錠を外し、窓を開けて彼の顔に手を伸ばした。彼の涙と怯える瞳に触れたかった。動かぬ彼にゆっくりと近づけていったその指先は彼を撫でることはできず、空を掴んだ。男は一瞬間に消えた。窓の下を見ると何かが黒く焦げて塵がつもっていた。風が吹き、塵は飛んでいった。

 

 私の中の嘘も真実も守りたいものも壊したいものも全てが本物で、何も間違ってはいない、ただそれらは一度に並べたら矛盾しているように見える。そのことに私は迷う。どこまでを認めてどこまでを隠そうか。全てを表現するには。

 

 誰もいない教室の黒板に先生は黙々と数学の公式を書き並べている。偶然廊下を通り掛った私は、彼のお尻の筋肉が動くのを見ている。先生は黒板いっぱいを文字で白くしたら、満足したように教室から出ていった。私は彼の文字を黒板消しで一文字ずつ舐めるように消した。たくさんの時間をかけて、教室は夜に飲まれていった。

 

 渋谷のハチ公前のベンチに座って、蠢く人々の眺めている。次々と人々は現れてどこかへ去っていく。そこで私は自分の目の前を通る人を数えることにした。ただ数えるだけでは面白くない。13時からカウントを始めて、100人目の人に声をかけたいと思う。「あなたは私の目の前を歩いた100人目の人です。よろしければこれからセックスをしませんか」

 

 客席に座っているだけの人生だったと思う。安楽椅子で煙草を吸う男はどこから入ってきたのか分からない猫を目で追いながら自分の人生を振り返っていた。猫はカーペットの上でくつろいでいる。20年間身を粉にして勤めた部署を追い出されてからと言うものの、何をするにも虚しい気持ちが付きまとう。今思えば努力したと思っていた20年間も己の認識の誤りに違いなく、操り人形のように上司や世間に踊らされて目の前のスクリーンを喜んで見ていただけであった。猫は突然人間のように2本の足で立ち上がった。そして器用に男の方へ歩いてきた。男は煙草の灰を落とした。小さな火が床に燃え広がる。猫はまっすぐ男を見つめて語る。「最期に私を抱いてみなさい」猫は男の理想の女の形に変貌し、男の唇を奪った。男は火事で死んだ。

 

 今回の記事でお伝えしたいことは、性欲が爆発しそうですということです。苦しい。性欲嫌い。おしまい。