情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2017年12月4日

 教師がまた同じ話している。私は目の前に座る女性の髪の毛の流れを見て時間を潰していた。飽きて頬杖をつくと、顎の奥歯の下の辺りに痛みを感じた。
 休み時間にお手洗いへ行き、自分の顔を鏡で確認する。痛みを感じた部分が赤くなっていた。まるで誰かに噛まれたかのように半円型に斑点が並んでいる。普通にしていたら髪の毛で隠れる位置で、よく見ないと気付かない。怪我をしたり、アレルギー反応や虫に刺された記憶もない。原因不明の斑点だ。
 まじまじと鏡に映る自分の顔の斑点を見つめた。これは、もしかしたら神様の痕かもしれない。
 私は寝る前に毎晩神にお祈りをする。物心ついたときからの習慣で、キリスト教イスラム教も関係無い。私が生まれたときから信仰している神様。私の神は何もしない。私のお祈りが届いたと感じたことは今まで一度もない。だが、この顎の傷はなんだ。誰かが私を見つめていたとしか考えられない。歯型のような傷を撫でると、じんじん痛みが響く。嗚呼、ついに届いたのだ。私の毎晩の祈りは無駄ではなかった。神は私に応えてくれた。斑点のひとつひとつに触れて、神の存在を確かめた。
 講義を終えて駅に向かう。大学のすぐ近くに流れる川沿いを歩いた。風で押されて小さく波が出来ている。太陽の光が水面に反射してきらきらと輝いていた。
 この赤い斑点が神の痕だとして、何を目的に私の顔に傷を作ったのだろう。何年も神を待ち望んでいた。失恋したとき、受験に失敗したとき、両親と喧嘩したとき、どんなときも神に祈った。私の話を聞いてくれたのは神だけだった。昨晩は課題が難しいと相談したが大した悩みではない。今、応えてくれるならもっと苦しんでいるときにも反応してほしかった。不満を言っても仕方がない。神は何を伝えにきたのだろうか。
 「あ、わかった」と突然私は立ち止り呟いた。近くにいた散歩しているおじさんに驚かれる。すいませんと会釈して、また歩き始める。西の遠い空に重い雲が肩を寄せ合って浮んでいる。あれだ。あの雲だ。それから私は走って電車に飛び乗った。あんなに晴れていたのにもうすぐに雨が降る。神はきっと私のすぐそばにやってくる。多分、今夜のうちに、歯型が消えてしまわないうちに。私は神が来るまでにお布団を温めておく。枕ももう一つ用意して、部屋で神を待つのだ。