情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2017年11月26日

こんばんは。だんごちゃんだよ。お風呂に入っている父が荒井由美「あの日にかえりたい」を歌っていたよ。いつに帰りたいんだろうね。だんごちゃんは「海を見ていた午後」が好きだよ。

 

 はじめ痣は赤い。時間が経つと紫になる。数日置くと汚らしい黄色となって、最後は綺麗に肌に吸収される。どんなに酷い痣も、時間が経てば消滅する。何度も同じ場所に痣を作ると肌が耐性を持って、簡単には痣が出来なくなる。物足りなくなった者は肌を裂く。刃物や兇悪な鞭を使うのだ。肌が切り刻まれると皮膚は吸収を諦める。衣服を脱いだら歴史が見える。何年前の、何月の、あの日、あの場所で、あの人と。
 

 越えられない点が存在する。蠱惑的な世界の一歩手前にあるそれを無理やり乗り越えて苦痛に喚くのは自分自身で、あのとき何故我慢出来なかったのかと後悔して泣く。先天的なものと後天的なもの。後者の場合は、乗り越えようという意思が伴っていない。そうせざるを得なかったものの成れの果てである。痛手を負わなければ学習できないこともある。「苦労は買ってでもしろ」は偽であっても、確かに苦労をしたことのない人は苦労をしたことがある人の気持ちは分からない。経験することがいいことかどうかは知らない。厭世家になるだけだと思う。
 

 回る大量のマネキンがビルのガラスを突き破り、歩行者の頭上に降る。110リットルのスーツケースを転がす家族が異変に気付く。「ひとが落ちてきた」慌てて走りだす人々に容赦なくマネキンは降る。クラクションが鳴る。女性が叫ぶ。今さっき買ったお土産を投げ捨てて走る。マネキンの突然の叛逆にマネキンを回していた店は嚇怒していた。だが、誰にも止めることができない。道路にはマネキンのような人間と人間のようなマネキンの山が積み上がっていた。水色のワンピースを着た人は全身に血を浴びて気持ち良さそうに笑う。茶色のジャケットを着た人は高級車を凹ませて慰謝料を怖れる。裸の人は首がどこかに飛んでしまった。店員が店から現れて惨状を眺める。「だから回すのはいやだって言ったんだ」と呟き、次の移転先を探し始めた。先月入社したばかりのアルバイトが失禁したのを見た店長が、その辺に横たわるマネキンから服を剥いで着替えを渡した。これが思いやりである。

 

隣の箱庭を開けたときに
聞こえてくるメロディーを
そっと手で掬い温める

いずれ来る朝陽を前に
生きる鯨の潮と涙

忘却した既往へ手を挙げて
歩き続けよ