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情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2016年8月6日

気が付けば、8月になっていた。

7月は有り得ない速さで過ぎ去って、私の身体に蓄積している。

 

誰かに言わせれば、私はつまらない人間になっている。

誰かに言わせれば、これは作者根性らしい。

そして、また誰かに言わせれば、生きているということ。

 

私は忘れやすい。今日もひとつ、思い出したことがあった。

嗚呼、通りで、通りで、苦しかったわけだ。

そのことを思い出せば、なんてこともない。

苦しめていたのは私自身の勘違いであった。

 

自分の立場を知ること。

 

ここ1週間程、身体が全く言うことを聞かなかった。

朝起きられず、午前中は身体が動かず、すぐ眠りこけてしまう。過眠の傾向。

今日は元気だ。自分の身体が思い通り動くのはとてもきもちいい。

でも早起きしたから、午後ひと眠りしちゃうだろうな。まあ、それもいいか。

 

しつこいようだが、私は本当に水城せとな先生の『窮鼠はチーズの夢を見る』『俎上の鯉は二度跳ねる』が大好きだ。漫画の全台詞を書き起こしたい。

この連載を始める前に与えられた命題が「ゲイとかSM」だったらしい。

SM、ふむ、確かに手首を縛ってセックスをするシーンはあるが、SMらしいSMの描写は無い。

だが、改めて読むと、彼等のこの関係性はかなりSM的だと思った。

奪うことと与えること。相互的な主従。

彼等の愛は稚拙で暴力的な上に、あまりに不安定だ。

愛されなければ切る。愛し続けなければ切られる。

それがどんなに辛いことか。

理性的ではなく、人様に避難されて当然のような、そんなものからでしか得られない衝動的な感情は確かに存在して、一度癖になると抜け出すことなど出来ない。

知ってしまったことは不幸でさえある。

 

最近、物語に強く影響を受けてしまうので、本を読むのが憚られる。

しかし私が読みたいものはこういう感情のぶつかり合いだったりするので困ったものだ。

 

太ってきた気がする。体型の管理もちゃんとしなくちゃ。

頭が悪くて悲しい。聡明な人間になりたい。

 

指や唇とかは嘘を見抜くのが下手 羨ましいくらいに信じる

嗚呼、本当にそうだ。羨ましいくらいに信じるのだ。信じても次の瞬間には裏切られるのにね。愚かな私。馬鹿な子。此の世で一番惨めになる。もっと堕ちたらいい。

 

愛についてもっと知りたい。

これが、これが、両立するのか、本当か?

当面の課題だと思う。

たとえて言えば、私の信仰する宗教は一神教なのに、私の神様は多神教を信仰しているような、そういう矛盾。

何処から捻じれが生じているのだろうか。

 

「隘路はお前だ、そして俺だ」