情死

Would you cry if I died Would you remember my face?

2017年9月24日

頭がぼんやりする。恐ろしく何に対しても集中力が保てず。普段ならツイッターだけは延々に見ていられるのにそれも叶わず。無と向き合うこともできず。歩いたり本を撫でたり毛糸を転がしたり寝たり買い物をしたり連絡をしたり動画を観たり、細切れにやる一日だった。し、もう文章書くのが面倒くさくなった。

2017年9月4日

こんばんは!だんごちゃんだよ。今日のブログはツイートしようか悩んだけど、ツイートするほどでもない、でも忘れたくない日常を書きとめるよ。

 

 

新しいことに挑戦する約束。貴女も、私もね!

 

 

今朝、最寄駅で見かけたサラリーマンが素晴らしかった。白髪混じりの丸い髪型、スーツ、ひょろ長い、肩幅と腰の細さが黄金比、引き締まってプリッとしているお尻、身体を支えるのにバランスの良い脚、後ろ姿が完璧だった。もし私が商業BL漫画によく出てくる若くて元気な男子高校生だったらナンパしていたであろう。「あ、すいません。俺電車詳しくなくて。おじさん教えてくれませんか?どこそこ行くんスけど」「あああ 待っておじさん、おじさんはどこ行くんですか?えっと、仕事ですか?お盆はどこ行きました?」「いやいや、怪しい者じゃないです!んー、驚かないでくださいね、実は、おじさんに一目ぼれしてしまいました!お友達からはじめてほしいです!!」

 

 

前髪が伸びて鬱陶しいから真ん中で分けてピンで止めてる。これはこれでアメリカのナードな女の子みたいで可愛いのだけど、私はジャパニーズ・オタクだから早くぱっつんにしたい。

 

 

今日はコンビニで売っているちらし寿司のおにぎりをお昼に食べた。食べ終わったら、口の中が酸っぱくなった。嘔吐した後の胃酸が口に残ってるあの感覚。おにぎりのビニールを開けた時に匂ってくる酸味を嗅いだ事があるなあと思ったら、そういうことだった。私は吐瀉物食べたらしい。同じこと。

 

 

9月の最初の月曜日。事務所のお姉さんは、この間まで爽やかなお洋服を着ていたのに、今日は一気に渋い色の半袖ニットを着用されていた。街の色彩もトーンダウン。カーキ、マスタードイエロー、ブラック、ブラウン。それで私は季節は作られたものなのかもと思ったの。みんな「秋」というドレスコードを共有してるんだね。楽しそうでい何より。ただ、大学の図書館がもう冷房を使っていなくて驚いた!秋だからってそりゃないぜ。ムシムシして嫌な空気漂ってたよ。電気代が云々とか言うけれど、もう少し融通効かせてほしい。

 

 

千代田区は喫煙できる場所が限定されている。そのお陰で、小さな喫煙スペースに色んな人が集まってくる。私がちょうど通り掛った公園の一部も喫煙が許された場所だった。仕事中のサラリーマンの群れがひしめき合う。土木作業員のおじさんが公園の床に座り込んで誰かに手で指示を送る。ホームレスらしきおじさんがベンチで横になる。虚空を見つめる紫のウィンブレを着た男性。ハグレサラリーマンが公園の遊具に腰かけてノートパソコンを開いている。パンチパーマのおばあちゃんもやってきた。なんと素晴らしい空間なんだ。私は感動した。是非とも日本百景に入れてほしい。この世の楽園はここにある。

 

 

大学生?のカップル。眼鏡をかけたチェックのシャツを着た彼氏はしっかり彼女の手を繋いでた。彼女は古着のような色合いのピンクのロングスカートを穿いていた。お洒落してきてるのだろうけど、ほら、彼女さんよく見て!スカートの裾に、墨汁を垂らしたような黒い染みがあるわ!!

 

 

図書館に行くまでの廊下にて、80年代を彷彿とさせるだぼっとしたシルエットのファッションに身を包み、うなじを刈り上げてトップにボリュームがある髪型の男子学生とすれ違う。かっこよかった!

 

 

久しぶりに満員電車で帰宅。やれやれ、あんなの毎日乗ってたら頭がおかしくなるよ。みんなよく平気だね。背が低いために男性の脇の下が目の前に来る。無臭だったから助かった。彼の手には指輪無し。右手の爪は伸びっぱなし。バッグが開きっぱなしで英単語帳や可愛らしい巾着袋がこんにちは。

 

 

おしまい!

2017年9月1日

 こんにちは。だんごちゃんだよ!

 実はですね、今回がブログ『情死』の記念すべき100個目の記事になります!感慨深い!感慨深いね!わー!!つまらない文章だらけだけど、続けると何か良いことありそうね。これからもよろしくお願いします!まあ、読者が居なくても地球最後の日でも書きたいことがあったら一人で楽しく書いてると思う。そういう居場所にしたい。『情死』

 

 ここからが本題です。まずは下記のHPを開いてね。

傘と包帯 第二集 | kasatohoutai | note

 『傘と包帯』第二集を読んだ感想。この詩誌はまずはじめに、主催である早乙女まぶたさんの序文がこの詩誌の目的と方向を読者に示す。私は文芸創作活動についてかなり疎いので、複数人で作品を発表する際にこのように序文を書くことが一般的なのか(いやまあ作品によりけりだろうけど)知りません、が、こうやって序文が掲げてあることはかなり贅沢なことだなあと幸福を感じてます。いつもユニクロ着せてる子供に可愛いレースのドレスを与えるような贅沢!(我ながら例えが庶民的で辟易する)

 そして続く作品群。日常を切り取った写真のような詩、読者を思考の回路の引き込む詩、幻想的で映像が見える詩、青くてキラキラしてる詩、可愛らしくて絵本にしたい詩、19世紀に似た芸術を貴ぶ薫りがする詩、音の響きが気持ちいい詩、痛みを丁寧に書く詩、複数回読むごとに味が増す詩、、、。詩が思い思いに背筋を伸ばして読まれることを待っているような、それでいて隣の人も読み手のことももはや書き手のことさえも興味がなさそうな表情をして並んでるなあと思う。勿論、その態度は詩によって違うので、どの距離に位置してるか是非読んで確認してね。この詩とはすぐに仲良くなれそうとか、この詩はかなり厳しい(それは、悪い詩という意味ではなく簡単に読まれようとしない矜持のある詩ということ)とかいろいろ思いました。靡かない猫も甘え上手な犬も可愛いのと同じこと。お気に入りの詩は理屈なしに魂を捉えるから、その瞬間がとても甘美で、快感を覚えるよ。この詩の何行目のこの言葉の使い方が好き!とかもある。そうやって「好き」は向こうから自分の目に飛び込んでくる。素敵な出会いを得るために読んでるかもしれない私は。

 最後もまた早乙女まぶたさんの言葉で結ばれる。体裁が綺麗で、函に入った本みたいだ。第一集を終えて、次回があったら誘われないだろうなと勝手に思っていたので、今回も私の名前が並んでることに驚きです。なんでここに私が?という気持ちでいっぱいですが、感想も頂けて嬉しかったな。さかもとめぶきさんのヘッダーイラストも可愛くて私は好きなんだあ。お口に包帯巻いて、視点が下に落ちてて可愛い。内的世界に生きて喋る気無さそう。プロフィールから各書き手さま個人のブログやツイッターを覗くのも楽しい。世界が拡大していく様。

 

 最近面白い話題がツイッターにあったからペタリ。

「明朝体でしゃべる人」わかる?わからない?

 私はね、面白いことに音声だとあまり分からないんだよね。私は音にちょっと弱い。聞き取れない、言葉として認識されずに雑音で流れていくこと多い。自分の考えを音に出すのも苦手。むしろ書かれてる文字だと同じフォント、同じ色、同じサイズで書かれていたとしても「この人は明朝体だな」「この人は青いな」「この人は声が高いな」とか思う。そのことについて大江健三郎『新しい文学のために』が書いてるので引用します。

 「ひとつの文章には声voiceがある。ある文章を読めば、それが独自の文体家のものであるかぎり、それ独自の声が響いているのを感じさせられるものだ。実際には、その作家の肉声を聞いたことはないにもかかわらず。」

 明朝体でしゃべる云々も同じことについて言ってるんだと思うんだよね。逆転した状態。「ひとつの声にはフォントがある。ある言葉を聞けば、それが独自の書体家のものであるかぎり、それ独自のフォントで書かれているのを感じさせられるものだ。実際には、その書体家の書いた文字を見たことはないにもかかわらず。」って具合だな。だから、喋り声が明朝体だのなんだのは理解できる。面白い。

 最近は喋り言葉に弱りまくって、テレビや映画を見るときに日本語字幕を出してるからね、野暮だね。アニメとか、生放送とか、字幕が出ないことがあると明らかに認識が遅れる感覚がある。ちょっと聞く力をつけないとダメだな…。友だちと話すのもできればメールやチャットでお願いしたいし。だからツイッターのTLをアホみたいに見続けちゃうんだ私は。はい、おとなしく本を読みます。

 

 最後の方は普通に蛇足だな。これで100個目の記事をおしまいにします。8月終わって、早速風が涼しくて良い感じです。9月から2017年度後期も頑張って生き残ります。えいえいおー!ではっ。

 

 

2017年8月29日

 校正作業が楽しい。最近はツイッターを見てても赤を入れたくなってくる。徐々に生活に馴染みつつある。日常が望んだ方向へ変化するのは、気持ちいいものだ。しかし、一度見た原稿を頭から見直した時に、落とした誤字脱字衍字を発見したときの絶望感たるや。お腹を強く握り締められたように息苦しくなる。こんな簡単なミスを!分かりやすい間違いを!どうしてさっきは気付かなかった!?言葉が変化したとしか思えない!……残念なことに活字の様子が変化するということはありませんから、私の落ち度100パーセント。がんばります。作業自体は楽しいけど、ミスが死ぬほどつらいのはマゾの私(ゎら)には合ってる気がします。勉強中に寝たくないのに寝ちゃうのはどうしたらいいんだろう。睡眠時間が足りてないのかな…。

 最近は意識的に文章を書こうと心がけているお陰か、自分の精神状態が自分で把握できてて大変偉い。1週間に1回は愚痴っぽくなることが判明。人間ですもの、不満の一つや二つは出てきます。本当は愚痴を問題として捉えて直接話し合うことが大事なのですけど。今の私が抱える愚痴は「お気持ち」の話だから、自分で処理できるようにならないといけない。これくらい自分で慰められる力がもう十分身に備わってると思うんだよね。ちなみに相手に処理させようとするのはモラハラです。「俺はお前のせいで機嫌が悪い!俺の機嫌を直してくれ!」て言うアレ。アレです。人間は感情のゴミ箱でも性欲のゴミ箱でもありません。

 今朝はどのチャンネルも、北朝鮮が発射したミサイルの報道でアナウンサーさんが同じことを何度も言っててかなり非日常だった。怖かったな。戦争になっちゃうのかな。(この語調、あまりにも呑気過ぎないか?)電車は数分遅延していたけれど、みんないつも通り出勤、お出かけしていて奇妙な気持ちだった。なんでそんな普通の顔してるの!?と思った。でもね私もいつも通り早く席空かないかな、眠いな、って思って通学したんだ。帰宅してテレビを観たら、西之島の情報

www3.nhk.or.jp

が報じられてて興奮したな。私が欲してる情報はこれだよ!と歓喜してたら母に気味悪がられたね。当たり前なのだけど、地球は生きてて活動してるんだなあって実感できて私は嬉しい。国際情勢について本当に疎くて何も知らないやばい私だけど、同じ地球に生きる我らみな兄弟っしょ(^^)/みたいなテンションになりませんか?地球、生きてますよ??どうせ死ぬなら地球に殺されたくない???西之島ですが、ひとまず成長期が止まった模様。でもまた噴火することも考えられるし、これからも西之島から目が離せない!

 電車ではのんびりと『ジャン・クリストフ』を読み進めているよ。7月の末から読み始めて、やっと3冊目、第7巻まで来ました。2冊目がかなり大雑把に読んでしまったけど、多分大丈夫。面白いです。1冊目はクリストフ氏の友人になるつもりでいたけれど、2冊目に入ってからは精神的成長を見守るママンになりつつある、私。巻と巻の間でたまに著者のロマン・ローラン氏がお話してくれるの。テンション揚がる。勿論私は一人で黙々と読み進めているわけだけど、著者は本の向こうに居る数多の読者、クリストフ氏の友を想定してお話するから私は一人じゃないんだなあ、この世界に接触している人間が時代を超えて世界中に居るのだなあと感じられる。それに古本屋さんで購入したから、ちょくちょく前の持ち主の書き込みがあるんだよね。控えめで丁寧な線が、しかも目的が理解できるほど秩序ある線が引かれてるの。元所有者が私と一緒に物語を読んでくれている気がして心強い。絵画を書く小説はたまに読む機会があるけど、音楽を文章にする小説はこれがはじめてくらい…?いや、嘘だな、それはさすがに嘘だけど、こう、読んでるだけで素晴らしい音楽を聴いたときの情感が湧き上がってくるのはこの小説が初めてだなあ。って、読み終わる前に感想書くつもりなかったのにな。ちょっと書いちゃったね。こんな口語体で!

それじゃあ、明日もにこにこがんばりましょ~。おやすみなさい。

 

1巻目冒頭の著者の言葉が大好きなので、書いておくね。

 

 

いずれの国の人たるを問わず、

苦しみ、闘い、ついには勝つべき、

あらゆる自由なる魂に、捧ぐ

ロマン・ローラン

 

ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ(一)』豊島与志雄訳 1,986年 岩波書店

 

2017年8月27日

参った。寂しい。とても寂しい。性欲に限りなく近い。でも、そうじゃないのは経験として知ってる。私が何が欲しいか分かる。分かるが、今は安易に手に入らない。同じことはもう繰り返さない。今すぐ獲得するための行動を起こす気力もない。あっちもこっちも地獄。こちら側の方が幾分かマシだと思いたい。何年、何十年、私はこの寂しさと付き合っていかなければいけないのだから、どうにかしなくては。どうにかしたい。解決方法を、考える。寂しさを感じるのは暇だから⇒忙しくする。性欲は自慰でもしてろ。大丈夫。私は大丈夫。やっていける。一人でも生きられる。前を向いて、やるべきことをひとつひとつ機械的にこなす。やる。私がすべきことは山ほどある。寂しさから碌な文章が書けない。過去の私は精神が死んでたけど、自分の感情に真摯に向き合っていた。それに比べてどうだ今の私は。目を逸らすことしか考えていない。つまらない、本当につまらない感情に惑わされて情けない。大丈夫。

世界を記述する文章が好きなのに、結局人間についての文章ばかり書いててつまらない。人間は汚くて好きじゃない。性欲が無くなればいいのに。性欲が無くなったら私も消滅しそうな気がするけど。あはは、何で出来てるの私の身体。殴られる妄想がやめられなくて、頭がおかしくなりそうだ。薬中のヤク切れと同じこと。男性に私を打ってほしいと懇願する自分がいつも私の空想世界に居座って、次のシーンには首を絞められて涎垂らして喜んでる私が現れる。別にそれが無くたって気持ちよくなることは簡単だ。私は。殺されたがってる誰かさんの声を無視するだけでうんと生きやすくなる。こうやって、妄想をブログに書き綴ることが最早オナニーに過ぎないわけで、性欲はこうやって緩慢に締め出すことができる。生きる方法のひとつ。

詩誌の感想を書くって宣言してまだ記事書いてないし。あーあ。やろうね。今はちょっと感情が乱れて詩があまりに主観的にしか読めないから、またあとで。詩は全然分からない。今日はプレヴェールとイェイツの詩集を買った。この間、マラルメとマルドロールの歌を図書館で借りた。読んでも読んでも分からない。不安で涙が出てくる。怖い、怖い怖い。私の魂が震えても、私の知能が追いつかなくて、どうしても何も分からない。自分が詩と言って発表する言葉の羅列が何を意味するのか分からない。

ふわふわ浮んだり、どしんと降りてきたり、ぴこんと閃いたり、多種多様に言葉が目前に現れて私はただそれを記録する係に過ぎないのだけど、語彙も知識も無いから正しく造形できない。その度に懺悔する。誰に?世界に!煌めいた時間、空間、音を再現させたいのに、全然できない。何気ない言葉がとても美しく輝いているんだ。子どもが母親に言った言葉も、友人がLINEに書いた言葉も、それは価値があるんだ。そんな無自覚な他人を愛しているんだよ。私はその愛の証に正しく記録したい。日常の一瞬の尊さを私はもっと言葉に残したい。でも書いても書いても元の輝きからは遠のいていくだけ。能力が無いのだなあと思う。訓練もインプットも足りてない。世界はキラキラしてるのに、みんな、恋とかなんとか言ってさ、世界のキラキラに目を向けてくれないの。私と一緒にキラキラ集めをしてほしい。生のトマト嫌いだって言ったのに出すしさ、私の好きなアーティストの名前も覚えてくれてない。半径数キロの狭い空間で生きて。私は遠くてそのサークルの中に届かないんだよね。いつかお嫁さんになるときが来ても、私は私らしく生きさせて頂きます。いっぱい世界の輝きを集めて自分の部屋にその香りを充満させるのだ。そしたら私の人間らしさが無くなっていくかしら。私は世界の一つとして溶け込めるかな。そしたら美しくなれる?早く消えてなくなりたい。心臓を突き刺す鑓を待っている。

2017年8月19日

こんにちは!おしらせです!

 

Web詩誌『傘と包帯』第二集が公開されました!

傘と包帯 第二集 | kasatohoutai | note

 

有難いことに今回も参加させて頂い、詩を寄稿しました。

だんごむしのだんごです、どうもどうも。

感想は改めてブログで書きたいと思いまする。夕ご飯食べてきます。

2017年8月18日

こんにちは!

朝方生活頑張れてたのに、ここ一週間で簡単に昼夜逆転しただんごちゃんだよ。

今日はお知らせがあるよ。

 

私、創作活動を始めるよ!

 

と、言っても大したことをするわけではなく、

文章を作品として発表する回数を増やそう。文章を頭を使って書こう。書きたい物語をちゃんと産もう。

といった具合のゆんわりとした目標でゆるゆる文章を書こうと思っています。

今はとにかく文章を書く訓練をしようと奮闘中。数書いて、大衆の目に晒して、失敗を繰り返せば何か見えてくるでしょう◎ 単純に文章を書くことは楽しいから、デトックス効果も見込めそうです。

作品は、ついったー@Fdng7に載せてますので、興味がある方は是非フォローしてください♡

ポチポチ詩やら小説やら書きます。

 

もうずっと文を書きたいと思い続けてたんだけど、自分の中で自尊心とか身の回りのこととか決着のついていない問題があって、それで書けないでいたのね。書きたいと思っても、息が詰まっちゃうみたいな具合で。でも、最近は憑き物(!?)が落ちたようで、自分の中の創作意欲を素直に表に出せるし、ちゃんと恥かきたいなって思えるようになった!それは、自分が自分を褒め続けた結果のひとつだと思うし、あと絵を描く友だちが自分の作品を発表する活動をし始めて感化されたのもある。それと、私は意外とナルシストなので、自分の文章なんだかんだで好きなんだよね。アホだね!ま、将来の勉強をしつつ、大学の勉強もしつつ、趣味で文章を書けたら理想。自分で書く作業の中で学べて実生活に活かせることも多く、いいことだらけ、だと、いいな!だんごちゃんとななこちゃん(名前出しちゃうし)がついに和解をしたのさ。だんごちゃんの魂は浄化されました。

これからのだんごちゃんからも目を離すなべいべー!